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東京地方裁判所 昭和39年(モ)14508号 判決 1969年2月07日

理由

(1)  債権者の主張(1)の事実は当事者間に争いがない。

(2)  《証拠》を総合すると、債権者の主張(2)の事実を一応認めることができ、この認定に反する疎明はない。

(3)  《証拠》によると、債権者の主張(3)の事実が疎明される。すなわち、債権者は松坂屋から本件不動産を代金一〇〇万円で譲渡を受けたことが一応認められる。

(4)  また、債権者の主張(4)の事実のうち、債務者が債権者主張のような抵当権実行による不動産競売の申立をしたことは当事者間に争いがなく、その余の事実は、《証拠》によつてこれを一応認めることができる。

二 そこで、進んで債務者の抗弁について順次判断する。

(1) 先ず、債務者の主張(5)(抗弁1)について検討するに、《証拠》を総合すると、根本富滋は昭和二五年五月頃外人用のクラブを建てることを計画し、その資金集めに奔走した末、親戚の者の紹介で松坂屋の佐々部副社長に個人的に懇請し、同副社長の取り計いによつて松坂屋から金五〇万円を借り受けることができ、その際その担保として本件不動産の上に抵当権を設定すると共に、代物弁済の予約をもしたことが一応認められる。債務者は、右消費貸借等は虚偽表示である旨を主張し、証人鈴木康友債務者会社代表者大垣嘉一は右主張に則り供述をするけれども、右各供述は前掲疎明資料と対比してたやすく信用できないし、他に右認定を左右するに足りる資料はない。従つて、債務者の主張は採用できない。

(2) 次に、債務者の主張(6)(抗弁2)について考えるに、債務者は松坂屋が本件代物弁済の予約完結権を行使した当時における本件不動産の時価は、その被担保債権額に比して著しく大きいものであり、かつ右債権を担保するために抵当権の設定をも受けていたものであるから、右予約完結権の行使は暴利行為として公序良俗に反して無効であり、ないしは権利の濫用にあたると主張する。けれども、松坂屋が根本富滋の窮迫、無経験ないし軽卒等に乗じ、不当な利益を得ることを目的として右予約完結権を行使したものであることを疎明するに足りる資料は何もないだけでなく、かえつて《証拠》によると、根本は前記(1)で認定したように松坂屋の副社長佐々部某の好意によつて五〇万円を借り受けることができたので、これに深く感謝し、本件不動産の上に抵当権設定を約すると共に、期限に弁済しないときは代物弁済として右不動産を譲渡することを何んら異存なく承諾したものであり、他方松坂屋は昭和三九年に至り根本に対する右貸金は弁済期を過ぎながら相当長期にわたつて回収がされないまま徒過し、その元利合計は九七万円余にも上つていたので、その回収整理を計るべく、根本の了解をも得たうえ、代物弁済の予約完結の意思表示をしたことを一応認めることができるから、右完結の意思表示当時における本件不動産の時価と被担保債権額との間に著しく大きな差があるとしても、それだけで直ちに右予約完結権の行使が暴利行為にあたるということはできないし、その他本件に現れた一切の事情を検討しても、いまだ右完結権の行使が権利の濫用にあたるとする事情は認めることができないから、債務者の右主張はいずれも理由がない。

(3) 債務者の主張(7)(抗弁3)について。債務者は、本件代物弁済の予約完結権は時効により消滅したとし、抵当権者として右時効を援用した旨主張する。しかしながら、民法一四五条の規定により、消滅時効を援用できる者は、「権利の時効消滅により直接利益を受ける者」に限定されるべきものと解すべきであるから、本件不動産の上に抵当権を有するに過ぎない仮処分債務者は、代物弁済予約権利者の有する予約完結権について消滅時効を援用することはできないものというべきである。従つて、債務者の右主張は主張自体失当であるから容れることができない。

(4) 債務者の主張(8)、(9)(抗弁4、5)について。債務者は、本件予約完結権行使の意思表示および松坂屋と債権者との間の本件不動産の譲渡契約は、いずれも虚偽表示である旨主張するが、《証拠》によつては、いまだ右主張事実を疎明するに足りないし、他にこれを認めるに足りる疎明資料はないから、右主張はいずれも理由がない。

(5) 債務者の主張(9)(抗弁5)について。債務者の右主張は、松坂屋がした本件代物弁済予約の完結権の行使および本件不動産の譲渡行為は、いずれも、いわゆる詐害行為にあたるというにあると解せられるのであるが、債務者は根本富滋に対して債権を有しているものであつて、松坂屋に対しては何んら債権を有するものでないことは弁論の全趣旨によつて明かであるから、松坂屋がした法律行為を目して詐害行為であるということは、主張自体失当である。従つて、右主張も理由がない。

(6) 債務者の主張(11)(抗弁7)について考えるに、債権者が本件仮処分の被保全権利として主張しているところのものは、松坂屋が債務者に対して有する仮登記に基づく本登記の承諾請求権であり、これを松坂屋に代位して行使するというのであつて、本件不動産の所有権を被保全権利として主張するものでないことは記録上明かであるから、債務者の右主張はその前提を欠くものであつて失当である。

(7) 債務者の主張(12)(抗弁8)について。債務者は昭和四三年六月一七日根本富滋に代つて松坂屋に対する抵当債務を弁済供託したから、松坂屋の債権は消滅し、代物弁済により本件不動産を取得する余地がなくなつた旨主張する。右弁済供託は前認定の松坂屋が代物弁済の予約完結の意思表示の日である昭和三九年四月一七日よりも後になされたものであるところ、松坂屋と根本富滋との間で本件不動産についてなされた代物弁済予約の約定当時において、右不動産の価額が被担保債務額との間に合理的均衡を失するものであることについては別段の疎明がないのみならず、松坂屋は本件不動産を昭和三九年八月三日債権者に譲渡して換価処分をしたものであることは既に認定したとおりである以上、たとえ右代物弁済の要物性を充足するための所有権移転登記が完了しないため、代物弁済が効力を生ぜず、理論上旧債務が消滅しない場合でも、松坂屋は根本富滋又は第三者による一方的な弁済供託によつては、既に代物弁済予約完結の意思表示によつて取得した所有権を害せられるいわれはなく、右弁済供託には債務を消滅させる効力がないものと解せられるから、債務者が根本富滋に代つて弁済供託しても、右供託は弁済の効果を発生するに由ないから債務者の右主張も理由がない。

三 してみると、松坂屋は債務者に対し、本件不動産につき仮登記に基づく本登記手続をするについて承諾を求める権利を有するものであり、債権者が松坂屋に対する右不動産の所有権移転登記請求権を保全するため、松坂屋に代位して、債務者に対して提起すべき右承諾を求める本案訴訟の勝訴判決に基づく強制執行を保全するべく、前記不動産競売手続を停止することを求めた債権者の仮処分申請は理由があるというべきである。

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